1997年に世界遺産として登録された『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)は、アントニ・ガウディと並んでモデルニスモ様式の建築家として著名なリュイス・ドメネク・イ・モンタネール(Lluís Domènech i Montaner)の残した広大で優美な建物です。
時間が足りないバルセロナ観光においても、是非訪れたい場所の一つです。
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サン・パウ病院(Hospital Sant Pau)とは
バルセロナの地図を見ると、有名なサグラダファミリアから真っすぐ北に道が伸びており、その1Km先に『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)はあります。
『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)の敷地はサグラダファミリアの軽く4倍はあるように見えその規模の大きさに驚きますが、その中には世界遺産としての『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)のほかに、近代的な四角い建物の大学病院(2009年から機能しているサン・パウ病院)、看護学校、私立病院、果ては語学学校まであります。余談ですが、もしバルセロナに語学留学するとしたら、この語学学校は是非候補に入れたいですね(笑)
19世紀のバルセロナでは人口が増加し医療施設が足りなくなり、新旧合わせた6つの病院を14万平方メートルもの敷地に統合する計画が1902年にスタート。48もの建物で構成される計画は実業家であったパウ・ジル氏が施主となっての巨大プロジェクトです。「芸術は人を癒す力がある」という考えの元、当時の最高の建築家の一人だったリュイス・ドメネク・イ・モンタネールが設計、残念ながら彼の存命中には完成しませんでしたが、息子が遺志を継ぎ1930年に完成します。
2018年9月現在、世界遺産は修復中です。敷地の北部に位置するモダンな建物に病院機能は写り、中央部は修復が完了した建物から観光を再開しています。
Hospital Sant Pau(サン・パウ病院)はオンラインで事前予約ができます
バルセロナの見学できる建物の多くは、オンラインで事前予約ができます。オンラインチケットは現地で並ぶ必要がない時間指定のものも多くあり、少し安くなるのも魅力です。
前もってクレジットカードで払えるので、両替を沢山しておく必要もありません。
世界遺産に登録されたのは1997年ですが、2009年まではこの世界遺産になっている建物も病院として機能していたそうです。…ということは、私が前回訪問したときは現役の病院だったのですが、静謐で荘厳な…まるで大聖堂のような…空気は今と変わらないように感じます。
ガウディの先生だった!リュイス・ドメネク・イ・モンタネールとは
リュイス・ドメネク・イ・モンタネール(Lluís Domènech i Montaner 1850-1923 ※「ドメネク・イ・ムンタネー」との記述あり)バルセロナ出身の建築家で、のちには政治家にもなった人物です。
イスパノ=アラブ様式の独特さにモデルニスモ様式の曲線を加えたデザインが特徴ですが、ここで、あれ…誰かの描写に似ているなと。
若い頃から建築家として頭角を現していたムンタネーはバルセロナの建築学校で若い時から教鞭も取っており、たった2歳年下のアントニ・ガウディにも授業をしたことがあったとか。自分の影響を受けつつ更に高みを目指すかつての教え子を、モンタネールは晩年どんな気持ちで見つめていたのでしょうか。
天気の良い日にお散歩気分がぴったり!のんびり歩きたい
現在(2018年9月)も『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)の修復は進んでいます。また、中庭などではイベント(今回の訪問時は健康体操?みたいなノリで大勢がダンスをしていました)に開放されていることもあるので、訪問時期により見ることができるエリアは若干違うと思いますが、この正面の風貌には圧倒されること間違いなし。
門扉をくぐり、まずは正面に見える噴水に佇むパウ氏に挨拶。
建物の右手奥に進むとチケット売り場があります。『サン・パウ病院』(Hospital Sant Pau)は人生2度目でそこそこ記憶があるな…ということもありセルフガイドの一番安いチケットを購入して中に入ります。バルセロナで唯一ここだけ予約をしていなかったのですが、日曜日のお昼頃のせいか(スペインの人々には若干早い時間です)思っていたより空いていました。
手前の中庭(中庭は真ん中を上記建物で区切られている)をぐるりと見渡すだけで、豪華で美しい作品を楽しむことができます。
光の交差が美しい管理事務分館
管理事務分館の2階から、サグラダファミリアを臨む
暗い螺旋階段を上がって行くと、大きな窓から日差しがたっぷり入る2階に辿り着きます。そう、その窓は南側に面しています。